![]()
![]()
![]()
| 額の包帯は取れない。 吊った右腕も痛々しい。 だが、騎士団の正装に身を包んだガトーは、 ある種の気迫をもって謁見の間に赴いた。 ………見納め、か。 ガトーの胸中に去来する、一抹の感慨。 左右の衛兵が敬礼を向ける中、 力強く片腕で樫の大扉を押し開ける。 王宮にありがちな、華美な装飾はここにはない。 照明を落とした、広大な空間。 玉座の上にのみ、高々と取られた天窓からの光が注ぐ。 けして暗くはない、だが荘厳な空間に、ガトーは身を引き締めた。 真紅の天鵞絨(ビロード)に膝をつき、出座を待つ。 ややあって、ガトーの主が姿を見せた。 豪奢な黄金の髪。蒼穹の瞳。 王冠を頂く“イーペル・シュヴァリエ”。 まだ若年ながら、遙かなる古代より続く帝国を受け継いだ君主。 キャスバル・レム・ダイクン。ジオン帝国第187代皇帝。 ジオンの紋章を染め抜いた緋色のマントをまとい、王杓を手に、玉座の前に立った。 この方のご期待に添えなかった。 この国の民の希望を裏切った。 悔恨の念だけが、ガトーの心を支配し、 その後始末への覚悟だけが、今のガトーを突き動かしている。 玉座から遠く間をおき、深く顔を伏せたまま、 ガトーは絞り出すような声で口上を述べた。 「……作戦は失敗。 貸与いただいたグワジン級戦艦、リックドム、ゲルググ、全て大破。 指揮官デラーズ閣下は戦死。 並びに、我がファティマ、“コウ”の持ち帰りしデラーズ閣下の遺品…。」 ガトーは、デラーズの付けていた襟飾りを床に置き、差し出した。 「……以上! ………ジーク・ジオン!ジーク・ライヒ!」 言葉と共に、ガトーは光剣を抜きはなった。 侍女が息を呑んですくみ上がった。 親衛隊騎士が抜刀して構えた。 だが、誰よりも早く対処したのは、皇帝その人だった。 ガトーが自らの首を刎ねようとしたその刹那、 光剣は弾き飛ばされ、彼方の床へ転がっていった。 王錫の一撃で、自害を阻まれた…と悟ったのは数瞬のちのこと。 玉座と最末席の彼我の差を詰め、一撃を加えてみせた技量は 確かに『王冠を頂く剣聖』の称号に恥じぬものだった。 その若き皇帝の、怒りに凍えた瞳が、ガトーに注がれていた。 「……陛下!なぜ止められる!私に生き恥を、と仰せられるか! これだけの始末、死をもって贖わねば……帝国民にも申し開きできませぬ!」 「愚かな!」 押し殺した声が、皇帝の唇を割って漏れた。 「陛下!」 「【星の屑】の責任というのならば、それは私にある! 時節を見誤った、私の甘さにある! エギーユ・デラーズを失い、ケリィ・レズナーを失い! ただ一人生き残ったガトー、お前の帰還をどれほど心待ちにしていたか……! それを……自害などとは……けして許せるものではない! ……生きろ、ガトー。 生きて、デラーズを越えてみせろ。 ………それが、なによりも帝国の明日につながるのだ…。」 皇帝のファティマ、“アムロ”が 床に転がったままの光剣を拾い、皇帝の御意を伺った。 促され、“アムロ”はガトーの前に進み出て跪いた。 ちいさな手に差し出された光剣。 「…また、“コウ”に会いに行っても、いいですか?」 “アムロ”の気遣いと、皇帝の温情。 ガトーは、ただただ、頭を垂れるのみだった。 「美しいな……また、生きて故国の土に立てたか…。」 ガトーは陽光のまぶしさに目を細め、手をかざし、愛機GP−02を仰いだ。 陽ざしに煌めくのは、磨き抜かれた白と青の装甲。 背後を顧みれば、“コウ”が不安に満ちた眼差しを向けてきた。 「何だ、その目は。安心しろ、もう死に急ぎはせん。」 「……死んだら、いやだ。」 ファティマの言葉に、ガトーの渋面が深くなる。 風にあおられて散る後れ毛を撫でつけた。 ……これだから! 「何度も同じコトを繰り返すな!だからお前たちは【人形】とさげすまれるのだ!」 髪を掻き上げた手を振り下ろせば、“コウ”は悲壮な面もちで歯を食いしばった。 …ガトーの拳を覚悟して。 帰還途中の、戦艦グワンザンでのことが、尾を引いているのだろう。 あのとき。ガトーは“コウ”をひどく殴りつけたのだった。 デラーズの戦死を伝えられた直後、ガトーはひたすら『共に死すこと』のみを望んでいた。 それを、“コウ”は、生きろと伝えた。 自分も怪我を負った身でありながら、 “コウ”が、ガトーを背負って戦場を抜けていなければ。 敵方の掃討や、『落ち武者狩り』の手もかいくぐり、 後方の同志のもとへ帰り着いていなければ。 今、ガトーがここに立つことは叶わなかった。 ……なぜ、あのとき、こいつの意思をくみ取ってやれなかったのか… わずかな悔恨の色が、ガトーの薄紫の瞳に浮かんで消えた。 GP−02に向き直る。 「……だが、戦場から脱出できたのは…お前のおかげだ。礼を言う。」 感慨を込めて、低く、だがきっぱりと告げられた言葉。 “コウ”は、軽く目を見開いた。そんな表情は幼い子供そのもの、だった。 ガトーはあたりを素早くはばかり、手をさしのべた。 「こっちへ来い。何をしている、さっさと来ないか!」 「マスター…!」 細い手首を掴み、腕の中へ修めてみた。 小さな肩。薄い胸板。華奢な手足……。 青年型とはいえ、“コウ”もまた、ファティマらしい体型の持ち主だった。 「……私も、お前たちの魔力に捕らわれたか……。」 だが、悪い気はしなかった。 ……全く、悪い気はしなかった。 そこで、目が覚めた。 大きく開け放った窓辺には、レースカーテンが夜風に揺れていた。 柔らかな月明かりは彼らのいる寝台にまで届き、白く室内を照らしている。 上掛けをはいで起きあがった“ガトー”は、額の上あたりをまさぐった。 硬質なヘッド・コンデンサの感触に、ほっ、と肩の力を抜いた。 「…どうかしている …私が騎士で…コウが…ファティマとは……。」 まるきり、立場が逆だった。 だが、それでも自然なことのように思えるのは、なぜだろう…? “ガトー”の仕えるべき主は、傍らで静かに寝息をたてている。 ローブを羽織ると、寝台を降りて窓を閉ざした。 「“がとーぉ”……死んじゃ、いやだよ…… オレを、…置いてくなよ……」 起きたのか、と振り返れば、…どうやら寝言だったらしい。 それでも、苦しげにゆがむ表情。 どのような夢を見ているというのか。 「ここにいる。ずっと、一緒だ。」 囁いてやれば、コウはかすかに笑った。 頬にかかった髪を捕まれて、引き寄せられた。 「まったく…これではどちらがどちら、なのか…判らんぞ。 もっとしっかり騎士らしくあってもらわねばな、マスター。」 苦笑をこぼしながら。 仕方なく、を装いながら。 “ガトー”は寝台へ滑り込んだ。 今度は、コウと同じ夢をみられるよう、願いながら。 |