旧型の扇風機が立てる耳障りな騒音。
 緩くかき混ぜられる生ぬるい空気に、男は流れ落ちる汗を拭った。
 そして、仰ぐ。
 男の前に横たわるのは、あの大戦の時、男が最後に乗っていたモーターヘッドだった。
 赤と黒の一次装甲はほとんど取り払われ、二次装甲と配線が剥き出しになっている機体は
 まるで全身の皮を剥がれ五体をバラバラに引きちぎられた死体のようだった。

 男の名は、ケリィ・レズナー。
 くすんだ金の髪に、長身に見合うだけの屈強な体格。
 その身体を包むのは、機械油に汚れた作業服だった。つなぎの上半身をはだけ、腰に袖を巻いていた。
 下に着込んだ白いTシャツの左袖はむなしく扇風機の風に煽られるだけ。そこにあるべき左腕が、ないのだ。

 ケリィは部品の取り付け作業に戻った。
 さほど大きくもなく小さくもない、単純なカバーのビス止め作業。
 だが、片腕だけではビス止めさえ満足に出来ない。
 思わず舌打ちしてしまう。
 こんな簡単な作業さえ、ろくにできない身体。歯がゆい。……だが、それも諦めに変わる。

 ビス止めを後に回し、次の作業にとりかかった。
 ジャンクの山からコネクタを発掘する。
 12ピンから25ピンに変換するのを3本。5ピンから7ピンのを2本。
 回路の焼き切れた基盤ごと引き抜き、新しい基盤とコネクタをセットしていく。
 
 ケリィはモーターヘッドマイト【制作者】でもマイスター【整備士】でもない、只の騎士崩れにすぎない。
 騎士としては有能でもエンジニアとしては素人のケリィが手を出したところで
 このMHが再び戦場に立てるか…など、保証できたものではない。
 どころか、再起動…エンジンに火を入れるところまでもっていけるかどうかすら、限りなく怪しい。

 それでも。

 ケリィは、このMHの再組立に挑戦せずにはいられなかった。

 
 もう一度、ビス止めの作業に戻った。次の行程に進むには必要なのだ。
 汗にぬめり、幾度も手が滑る。
 横から細い腕が伸ばされ、ドライバーをにぎる手に添えられた。
 腕の主など、ケリィには見なくても判る。

 「“ラトーラ”、俺みたいなヤツといると貧乏くじだぞ?片輪の騎士くずれの感傷につき合わなくても…な?」
 お前なら、良い『マスター』をいくらでも望めるだろうが」
 「いいえ、…ずっと一緒です」

 “ラトーラ”と呼ばれたファティマは、ちいさく、けれどきっぱり首を横に振った。

 「ずっと……一緒です、ケリィ様
 「苦労をかけるぜ…」

 小さな手を借りて、やっと作業を終えられた。
 今日の所はここまでだと、ケリィも工具を片づけていく。
 
 「すぐにご飯にしますから、シャワーを浴びてきて下さいね」
 「わかった。いつもすまん」

 寂しげに微笑むのは“ラトーラ”のいつもの癖だから、
 ケリィはさほど気にもとめず狭いシャワールームに向かった。
 だから、ケリィはしらない。“ラトーラ”の、そのつぶやきを。
 
 「いつになったら、私をパートナーにして下さるのかしら…」

 ちいさなつぶやきは水音のしはじめたシャワールームの扉に当たって、消えた。 
 

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