ケリィ・レズナー。かつては天位叙列にも名の上がった程の騎士だった。
 だが、ケリィの所属していた騎士団は、数年前に参加した大戦で壊滅した。
 あの戦争で、男はどれほど多くのモノを失っただろう。
 尊敬できる騎士団長を。
 やたらと手の掛かる、可愛らしくも成長著しい新米のひよっこたちを。
 頼もしく背中を預けられまた預けた戦友達を。
 そしてなにより、苦楽を共にしたファティマを。
 ……ケリィの、左腕を。

 ケリィの騎士としての最後の行為は、とあるファティマのコード解除だった。







 軍事要塞“ア・バオア・クー”をめぐる攻防は熾烈を極めた。
 地の利を生かし、時にはゲリラ戦をしかけ、ケリィたちは敵をさんざんに翻弄し善戦した。
 だが、天はケリィたちへ味方することはなかった。
 兵力面でも物資面でもケリィの陣営側を遙かに上回る敵陣営は
 数日間の攻防を繰り広げた後…最後のとどめとばかりにケリィ側の数倍分の戦力を叩き込んだ。
 そして……ケリィ側の司令部にいかなる動きがあったのか。宮殿に白旗があがり、ケリィ達は、破れた。

 大破したMH。散乱する黒こげの残骸と化した戦車、装甲車。
 壮麗な白亜の宮殿は壁に銃弾と砲撃の跡を残して無惨に焼け落ち、
 ビルは爆撃で倒壊しコンクリートと鉄骨の骨格を剥き出しにし、
 空は未だに燻る黒煙で覆い尽くされ、道は流された血と油とまき散らされた死体で醜悪に彩られていた。
 硝煙と肉の焼け焦げる臭いが鼻をつく。
 ケリィの愛機も限界だった。物陰に跪かせると、ケリィはコクピットハッチを開放した。
 パイロットスーツの左袖は千切れ、切り口は焼けこげていた。
 MHの頭部に取り付き、ファティマコクピットのハッチも開放する。
 一目見て、ケリィは歯がみし深く瞑目した。
 ケリィの相棒は不定形ファティマ【エトラムル】だった。
 【エトラムル】は人の形を持たない。ただ巨大な脳組織と必要な神経だけを持たされたファティマ。
 テム博士による『ハロ』シリーズですらない、旧式の工場製は平均そこそこの性能しかなかった。
 それでも、【エトラムル】はよくケリィの信頼に応えてくれた。
 時には人工音声を介して軽口をたたき合ったりもした。
 その【エトラムル】がコクピットのケース内で、
 大輪の花を咲かせるように灰色の脳髄組織を爆ぜさせて息絶えていた。 
 死力を尽くして主を守りきったその誇りだけが、痕跡だけになった目のあたりに残されていた。

 
 「………すまん………!」

 ケリィの食いしばった口元から、ひそやかな嗚咽が漏れた。


 日も暮れた。敵陣営の掃討戦は夜明けから本格化するだろう。
 その前にこの場を離れないと、ケリィの身も危うい。
 MHの足元にうずくまった身体をのろのろと引き起こし…     


 気配。


 ケリィは光剣を構えた。
 
 「……出てこい」

 声に応じて姿を現したのは、一人のファティマだった。
 金髪碧眼、秀麗な顔立ちの、今どき珍しい男性・青年型だった。
 彼もまた、傷ついた足をかばいだらりと下げた腕を押さえ……満身創痍だった。
 特に目を引いたのは、その、額だった。
 ファティマの前頭部に美しく煌めく人工の宝石“クリスタル”はただの装飾品ではなかった。
 彼女らの脳内で瞬時に出された演算結果をモーターヘッドへ伝達する重要な部品。
 だが、男の前にいるファティマには、そのクリスタルがなかった。
 取り付けてあったのだろう眉間には、見るも無惨な裂傷が走っていた。
 その身にまとう、もとは真紅だったろうファティマスーツも
 ファティマ自身の血がこびりつき破れ焼けこげ悲惨なありさまだったが、
 縫い取られた紋章は見て取れた。…敵陣営の、ものだった。
 かといって、保護を求めるファティマを殺すなど、騎士達には思いも寄らないことだった。
 
 ファティマは青ざめた瞳をひた、とケリィに据え震える口を開いた。
 
 「“ハーフマスター”、……推定、死亡。保護を…求めたい…」
 「おい?推定ってどういうことだ?モーターヘッドは!?」
 「モーターヘッドは……大破。
 ハーフマスターの遺体は確認できていないが、……98.99994%の確率で死亡と推定される。
 よって、貴公に保護を求めたい」
 「そう、か……。だがな、俺にはお前さんを保護しきれそうにないんだ」

 ケリィは光剣を納め、瓦礫に背を持たせかけた。
 ファティマはケリィに近寄り、切断された腕を見て息を呑んだ。
 血は出ていない。騎士だけが所持を許された携帯型ビームサーベル【光剣(スパッド)】で切断してあった。
 出血多量で意識を失うのを怖れ、剛胆にもケリィ自身が再度腕の切断面を綺麗に切り直したのだった。
 ビームによる焼き切りは切断面を火傷の傷に代え、肉と血を固めさせた。
 

 「“ハーフマスター”…か、つらいな」

 騎士とファティマの主従関係は、実のところは相互契約による。
 ファティマが主と仰ぐ騎士はファティマ自身が選び出す。
 だが、騎士の側がそれを受け入れ騎士個人の生体情報を与えなければ、契約は成立しない。
 そう滅多にある事例ではないが、
 ファティマの見初めのみで騎士側の認定が無い状態下では、
 そのファティマは『ハーフ』、ファティマから見た主は『ハーフマスター』と呼ぶのが慣習だった。
 半分だけの、主。
 思う騎士にはふりむいてもらえず、別の騎士には目も向けられない…
 片思いにも似た、辛い状態だった。 


 「せめて、“見初め”をきれいにしてやるよ。
 ここの…怪我してるところでいいんだな?」
 「お願いする」
 「わかった。………【SEEK YOUR NEXT】!」

 ケリィはまだ血の乾ききらない眉間に指を当て、低く宣言した。
 次の主を捜せ。
 裂傷の間から人にはあり得ない光がちいさなスパークを起こし、…収まった。

 “ハーフマスター”の制限は解かれた。これで、彼はまた新たな主を捜せるのだ。


 あの後、あのファティマがどうなったのかケリィは知らない。
 ファティマは名前を言わずじまいだったし、ケリィも名乗りはしなかった。
 それだけで、充分だったのだ。仕える者を失い敗れ去った者には、それだけで。 

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