愛機はなんとか引き揚げられた。だが、国境を越えたところでとうとう稼働限界を迎えた。 気のいいトレーラーの運転手に出会えなければ、 長年の相棒を葬った上で愛機すらうち捨てなければならないところだった。 トレーラーの荷台に固定された愛機を背に、ケリィは吹き付ける風と砂にフードを深く下ろし項垂れた。 いつか、こいつを。 いつか、俺が。 再び、息を吹き返させてやりたい。 それが、相棒に報いる唯一の方法だと、そのときのケリィには思えてならなかった。 ……MHを駆り戦場を馳せる、それが騎士の存在理由だからだ。 そうはいってみても。 金も確かな後ろ盾も無くしたケリィには、 まっとうな手段を使っていては、高価なMHの部品を調達することすらままならない。 だから、この街に流れ着いた。 いかなる国家にも属さず、いかなる勢力からも中立を保つルナル地方。 広大な荒野の広がるこの地方に、人間は寄り添うように都市を築いた。 点在する大都市を線として繋ぐように走る大街道。 しかし、『点』と『線』は『面』として発展はしなかった。 都市ごとの特色と政治的スタンス、そしてこの地方を取り巻く大国の思惑が ルナル地方に『国』を作らせなかったのだ。 大都市は『国家都市』となり、星団中からさまざまな人が、モノが、情報が集まった。 ケリィのような流れ者には、格好の落ち着き場所だった。 幸い、裏町でMHジャンクを扱う店を譲り受けられた。 中立地区ということもあり、ルナルには『手合い』『野試合』と称する 一対一のMH戦も盛んに行われていた。 功を為し名を挙げ、いずれは名の知れた騎士団への仕官をと望む騎士たち。 彼らにまぎれ、密かに大国騎士団の新型MHが単騎テストを繰り返しているらしい、という噂なら いつでも耳にすることは出来る。真偽は定かでないにせよ。 夢と、希望と、野望と、欲と、金と、策謀と。 その残骸の一つが、荒野に擱座したMHだった。 ケリィの店には、そんなMHから奪ってきた部品を売りにくる連中も少なくなかった。 時には新型テスト機のものか、最新鋭のシステムまで入手できることもあった。 そして、ある日。ケリィはとんでもない『精密機器』の拾いものをしたのだった。 凍みるような、氷雨の降る朝だった。 いつものように、ジャンク屋の錆びついた電動シャッターを開けて ……軒下の隅にうずくまる、ボロ切れのちいさな山に気付いた。 スラム一歩手前のこのあたりは、まっとうな人間などあまりくる地区ではない。 時にはホームレスが雨露をしのぎに軒下にうずくまるのも珍しくない。 このときも、ケリィはその布の山がその類だと思いこんでいた。 「おい、ウチはそろそろ店開きなんだ、余所を当たってくれねぇか?」 布の山に手を掛けた。…意外なほど薄い体つきに、慌てて手を引いた。 「……あんた」 布の下にいたのは、少女型ファティマだった。 ボロ布は、ファティマたちが人目に付く所に出る際に着用を義務づけられた、全身をすっぽり隠せるフードマントだった。 肩の所で切りそろえた黒髪は縺れ、ファティマスーツこそ原型を止めていたがそれも限界に近く、 その下のブラウスは元の色が判らないほど汚れ、タイツもまた酷く破れ、残骸が肌にまとわりつくだけ。 顔色も「青ざめた」を通り越した「土気色」だった。 儚く、か弱げな、ぼろぼろの-------- ファティマはケリィを認めた途端、「あ」とか細い一声を上げたきり、あっさりと気を失った。 「おいっお前……なんだこのすごい熱は!しっかりしろ、おい!」 意識を失ったファティマを抱え、ケリィは途方に暮れた。 幸い、そのファティマには目立った外傷はなかった。 極限まで達してしまった疲労が倒れた原因だろうと近隣の藪医師はいい、とりあえずケリィは胸を撫で下ろした。 それでも、人工生命体であるが故の業なのだろうか。ファティマは言ってしまえば極度のアレルギー体質なのだ。 たとえば服ひとつとっても、化学合成繊維全盛のこのご時世に 彼女たちは絹や綿やウールなどの天然素材でないと肌が酷い拒絶反応を示した。 なにが禍しているかなど、専門のマイトでないと正確なところはわからない。 そしてマイトに診せるとなると、多額の金と…コネが必要だった。 今のケリィに、それはない。 服だけは、辛うじて古着のブラウスがジャンクのついでで持ち込まれていたから、それを着せられた。 「あんた、名前は?」 「……“ラトーラ”です」 スプーンの手を止め、ファティマはちいさくか細く答えた。 ベーコンとキャベツの切れ端を浮かべただけの薄いスープ。 暖かさだけがご馳走のスープを、それでも“ラトーラ”は文句一つ付けず、ゆっくりと飲み干した。 「主はどうした?」 ケリィの脳裏には、あの戦場で出会った『彼』が浮かんでいた。 主を亡くしたと訴え保護を求めてはいても、『彼』には一片の儚さも切なさもなかった。 そう、あたかも『彼』こそがファティマたちの皇帝であるかのような、辺りを払う威風さえ……。 おそらくは、目の前にいる“ラトーラ”こそ、ごく普通の、一般的なファティマなのだろう。 “ラトーラ”は、空になったスープボールを抱えてちいさく首を振った。 「もうずっと前に……出身の工場も戦禍で焼失しましたし、マイトやマイスターの博士方も……」 「行く当てはなし、か。 ……いいだろう、もうすこし具合が良くなったら騎士公社へ連れていってやろう」 騎士公社の仲介でまた新たな主の元へ嫁ぐ。 ごくありふれた、大量生産品とも言われる『インダストリアル【工場製】ファティマ』の“ラトーラ”には それが妥当で最適の手段とも思えた。 だが、“ラトーラ”は首を縦に振らなかった。 「騎士様、……私を、おそばに……」 「…俺を『騎士』と呼ぶな!」 カチューシャ型のクリスタルがちいさく明滅する。『見初め』か! しかしケリィの激昂にも、“ラトーラ”は怯まなかった。 ケリィは拒んだ。あの戦いのあと、MHを引き取り手がけているのもノスタルジー、……単なる幻想だ! 失意と諦めの中、ようやく折り合いが付いたのを蒸し返すな! だが、拒んでも拒んでも“ラトーラ”は側を離れようとしなかった。 回復してからは健気にケリィの身の回りの世話をみるようになり、 時にはMH整備の手伝いすらしてのけた。 新しいブラウスの一枚すら買ってやることすらできなかったが、 ……それでも、“ラトーラ”は、 寂しげだが、それでも、笑顔には違いない表情をうかべるようになってくれていた。 寄り添うように、支え合うように。 騎士崩れの男と壊れる寸前のファティマは、そうして、ひっそりと、街の片隅で生きはじめたのだった。 |