ドーリーに戻れば、まず真っ先にエアシャワーを浴びる。
  髪にも服にも口の中にまで入り込んだ砂。
  あまりに細かすぎる砂はきっちりシーリングしたつもりのブーツの中にまで入り込んでいる。
  とりあえずの埃を落としたところで、やっと居住空間に入れる。

  「ただいま、“ガトー”」
  「戻ったか。うがいと手洗いはすませたか?」
  「後できちんとシャワー浴びるから」
  「本当だな?」

  疑い深げなまなざしに、コウは肩をがっくり落としたくなる。
  コウのパートナー“ガトー”は、もとはといえばコウの祖父のパートナーだった。
  最初の出会いなどコウも覚えていないくらいだ。
  聞けば生後ほんの数十分で引き合わされているという。
  目もろくに見えていなかったろう筈なのに、
  そのときから“ガトー”の髪を掴んで離さなかったらしい。
  産後の回復があまり思わしくなかった母親の代わりに赤ん坊の世話にあたったのは
  父親でもなく祖父でもなく“ガトー”だった。
  数時間おきのミルクタイム。おむつ替え。洗濯に追われ育児に追われ。
  育児(とくに新生児)は体力がモノを言うものだ。
 
  基礎体力は騎士に準ずるファティマたちの多くが
  実は凄腕の保育士能力を持つとは、設計したマイトたちでも予期しなかったことではあったが。
 
  後に母親も健康を取り戻し日常生活に戻れたが、それでも、コウは“ガトー”に育てられたようなもの。
  正式にパートナー契約を結んだ今となっても、
  子供扱いが抜けないのはそのためかと、ちょっぴりため息もつきたくなる。

  気を取り直して。
  コウは市場で買い込んできた『戦利品』を調理台に広げていく。
  タマネギ、キャベツ、トマト、レンズ豆やひよこ豆、フレッシュな羊肉と鶏肉に燻製の魚、ハーブ類。
  検分していた“ガトー”の眉間に、びしっと深いクレバスが刻まれた。
 
  「コウ、またニンジンを買ってこなかったな!?」
  「だってシチューにニンジンなんていらないだろっ?」
  「たかがニンジンを食せぬウチは未熟っ、金輪際『マスター』とは呼んでやらぬ!」
  「だったら!“ガトー”が買い物に行けばいいだろうっ!!」

  “ガトー”の表情に、影が走った。
  己の失言に気付く。だが、今更口を覆っても言葉は取り消せない。

  「……ごめん」
 
  さっきまでの勢いはどこへやら。
  コウは耳も尾も垂れ下がりきった子犬のようにしょげこんだ。

  「……構わん。さあ、シャワーをきちんと浴びてこい。
  お前がいると煩くて料理もできん」
  「うん……」

  穏やかなガトーの声に送り出されて、コウはシャワーを浴びた。
  砂埃をしっかり洗い流し身体だけはさっぱりさせたものの、  
  心の重苦しさはまだ深くのし掛かっている。
  濡れた髪にタオルをかけ、コウはトレーラーのコクピットに足を向けた。
  出撃前のMH格納庫ではないからオイルの焼ける匂いや整備士たちの活気はないが、
  それでもドーリーのエンジン音がくっきり響く運転席は、今のコウにとって最も落ち着け、頭の冷やせる場所だった。

  ファティマたちを縛る星団法。国家・体制を問わず人類全体が守るべき法として定められたそのくびきに、
  彼女たちもまた縛られている。
  ファティマたちには、自由はない。
  みだりな外出は禁じられ、
  戦時などの非常時を除けば外に出られるのは主の供をするときくらいだろうか。
  その場合さえ、たっぷりとしたフード付きマントなどで全身をすっぽりと覆い隠さなくてはならない。
  あの“ガトー”でさえ、星団法とマインド・コントロールに縛られている。
  一瞬だけ“ガトー”に走った影、あれは……悲しみだったのか。

  思いやれなかった己の未熟さに、コウは、膝を引き寄せ顔を埋めた。

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