| 元々、コウは機械いじりの好きな子だった。 ましてや祖父が騎士で、物心付く前からMHのコクピットには乗せられていて。 時にはMHの定期稼働検査についてきて、MHを始動させた“ガトー”の膝の上にもよじ登ってきた。 『これから重要なテストをするのだ、降りるのだ、コウ』 『じっとしてるから!いい子でいるから!お願い!』 『はーっはっはっは、お前が抱っこしてやれば済む話だろう、“ガトー”。 なぁに、戦闘じゃないんだし坊主も騎士だ。自転車と同じで早めに慣れといたほうがいいってもんだ』 『しかしマスター!MHは自転車とは訳が違いますぞ!』 『固いこというな、……ハゲちまうぞ』 『ハゲっ……!』 『“がとー”はハゲないもん!』 『おし、コウ坊や!何があっても泣くんじゃねーぞ!…ゆくぞ“ガトー”!』 あのときは、結局。 当時のマスターだったコウの祖父の説得と、 なによりもちいさな体で精一杯しがみつき見上げてきた幼いコウの眼差しに根負けしたのだった。 テスト項目を一つこなすたび、鋼色のクリスタルが一瞬の光芒を放つ。 きらめきの一つ一つが重要な意味を持つ演算結果と知らぬまま、 コウはただ、魅入られたように大きな瞳をさらに大きくして見つめ続けてくれた。 「そんなときもあったな…」 一人きりのベッドから降り、カーテンを引き開ける。 まぶしさに目を細める。 今日のルナル地方は、どうやら快晴のようだった。 ![]() 朝食の時間になっても、二人の間の空気は重苦しいままだった。 …むしろ気まずい空気を、コウが一人で背負っているだけなのだが。 「おはよう」の挨拶もそこそこに、 トーストをほおばりサラダを詰め込みオムレツを殆ど丸飲みにして、上からカフェオレで流し込む。 「ごちそうさま」と席を立ってどこかへ行ってしまう。 あれは顔を合わづらいと感じているだけなのだ。 醜態にをさらしたと落ち込んで、泥沼にはまるようにいじいじとMHのセッティングを弄りもする。 だが、底にたどり着きさえすれば、またいずれ復活する。そこは変わらないままだった。 コウのその素直さが“ガトー”には好ましく思えてならない。 だから昨夜寝室に戻らなくても、“ガトー”はそれほど気には留めていなかった。 どうせトレーラーのコクピットに居座って、思い立ってMHのプログラムでも一晩中弄っていたのだろう。 もともと騎士団から持たされたMHはワンオフの試作機、 ジェネレーターの変圧が不安定でバグが出やすく、さしもの“ガトー”も手を焼いていた。 見かねてそのあたりの調整に精を出しているならば、いたって健全な夜の過ごし方だ。 夜食にと作ったおにぎりとみそ汁の器も空になってシンクに置いてあるところを見ると、 こちらも綺麗に平らげてくれたのかと嬉しくなる。 コウは騎士ではあるものの、マイト(制作者)でもマイスター(調整者)でもない。 それでも工学系大学院へ進みMH工学を修め、一般の騎士よりはよほどMHのシステムに通じていた。 資格試験をきちっと受けていれば、マイスターといわずとも3本線の工学博士となれただろうに、と“ガトー”は嘆息する。 とはいえ、正規のマイスターではないコウに完全なMH稼働プログラムが組めるはずもない。 時にはバグどころか誤作動をひき起こし、最悪の場合は機能停止という事態すらあり得る。 だが、プログラム調整でコウの気が晴れるなら。 そこまで“ガトー”の思考が及んだとき、通信機が着信を告げた。 『発・アルビオン騎士団、宛・K・ウラキ卿。 明日1030時、下記地点にて補給物資を受け取られたし。 尚、マイスター一名同行さる。 MH調整及びバージョン2への換装を受けられたし』 「申請が通ったか…!その上換装とは!」 …願ってもいない指令だった。 ルナル地方の金属粉を含んだ砂嵐は、一度調整のためにドーリー外へ出しただけでもMHの内部に砂を入り込ませ 関節にも機関にも荒いヤスリを掛けたような音を軋ませ、負担を掛けてくれる。 徹底的な洗浄をしてもダメージは取りきれるものではない。 対砂漠装備、そして調整担当のマイスターが派遣されるのであれば何よりだったのだ。 それにマイスターの到来はコウにも得るところがあるだろう。 今組んでいるプログラムになにがしかの助言なり修正があれば、技術面はもとより心理的にも浮上のきっかけにもなる。 『了解』と返信を打ちながら、“ガトー”はほんのわずかに口元を緩めていた。 |