衝突 3



 「この数値…脈動値もジェネレータも規定推力オーバーじゃない!
 第一これは実験対象機で、GMカスタムシリーズとは根本的に機動プログラムが異なるの。
 勝手な数値を入力しても意味はないんだから」
 「…判ってるさ、でも、この機体の乗り手は僕だ、僕なりのパラメータってもんもあるんだ」
 「どのみち、宇宙空間の運用にさえ耐えられるバージョン2、“フルバーニアン”にしないと
 ルナルでの砂嵐では手合いどころかなにもできないわ。
 今回の換装だって応急処置的なものでしかない。
 いいかげんな代替プログラムを入力しても、GM以下の機動性しか引き出せないのよ!」
 
 作業用ディスプレイをのぞき込んだニナは表示された数値を見るなり、キーボードをひったくった。
 細い指がキーを叩き、次々とプログラムが元の形に修正されていく。
 傍らで画面を睨み付けているコウが、鼻に皺を寄せてぼそりとこぼした。

 「RX−78は完全汎用機だった、って聞くんだけどな」

 その言葉が、ニナのどこかを、ぶつり、と切れさせた。
 
 RX−78。“ガンダム”の名を冠された、【剣聖】アムロ・レイと【紅騎士】“シャア”の駆った名機。
 その凄まじいまでの戦いぶりと彼らを襲った悲劇は、その名と共に星団中の語り草となり伝説にまでなろうとしている。
 1年戦争終末期、『ア・バオア・クー』での激戦で“ガンダム”は失われ、
 アムロ・レイと“シャア”は表舞台から姿を消した。
 ある者は二人は壮絶な戦死を遂げたのだといい、
 ある者は二人は生き別れとなり星団のどこかを…互いを求めあいながら彷徨っていると噂する。
 
 しかし、二人の駆ったRX−78は失われたのはまぎれもない事実だった。
 回収が叶ったのは両脚のイレーザーエンジンのみ。
 二次装甲までも溶け落ちた無惨なMHに、誰もが戦いの苛酷さを思い知らされたという。
 
 そして。名機“ガンダム”を超えるMH開発計画が発足したのだった。
 それが『ガンダムプロジェクト』。
 コウたちの持たされたMH“GP”シリーズの銘はプロジェクトの頭文字を取ったものだった。
 
 あこがれの“ガンダム”。
 プロジェクトに参集されたマイト・マイスターはどれほどの誇りと高揚した思いを持って集ったことか。
 しかしニナは、ニナだけは違った。
 最高の機体。それは、たった一人だけに贈るのだと。そう、密かに心に決めていた。
 たとえその相手が、けして自分に振り向いてくれなくとも。

 その相手を難なく手に入れた騎士が、……ニナを真っ向から否定してくれた。
 あなたなんて…何も、何も知らないくせに!

 「ファーストガンダムに実際乗ったこともないのに、…実戦経験もないのに、
 本で読んだだけの知識で偉そうなこと言わないでちょうだい!」
 「そんな言い方ないだろ!?」

 売り言葉に買い言葉。

 「いいかげんにして!MHはあなたのおもちゃじゃないの!生半可な知識で勝手にいじくりまわさないで!」
 「おもちゃ……!」

 コウは絶句した。
 その瞬間を狙ったかのように、けたたましくアラームが鳴り響いた。

 『警戒スキャナーに感あり!西南約3km、MHのイレーザー音!』
 「捕捉された?!
 ガンダリウムの砂嵐にミノフスキーも撒いたってのに、どうやってかぎつけたんだか!」
 『所属は不明、……今、通信が入る!回線解放、そちらに回す!』

 ドーリーから“ガトー”が、下のモニターからモーラが交互に悲鳴をあげた。
 コウとニナは一様に押し黙り、雑音の入る通信に耳をそばだてた。
 
 【見失ったときはどうなるかと思ったが、ハン、ミノフスキーのお陰だな。
 バザールで会った坊や、あんたに手合いを申し込むぜ。
 オレ様はヤザン・ゲーブル。
 もしも受けてくれないなら……あんたと会ったバザールのあった街、あそこを焼き尽くす。
 こっちにもそれだけの装備はあるんだぜ?
 距離がある、なんて思うなよ?MHは一瞬で転送かけられるっての、忘れるな?
 こそこそ隠れてるくらいだ、何かと都合があるんだろ?15分だけ待っててやろうじゃないか、スタンバりな!】

 一方的な通信だった。
 通常回線に強引に割り込み、こちらの言い分も反論も受け付けず切れた。 
 だみ声の主は『バザール』といった。あのセイラと名乗った女性の忠告は遅かったらしい。 
 コウは下唇を噛むと、コクピットから身を乗り出し振り仰いだ。
 GP01は、静かに、こちらを見下ろしている。 

 「……“ガトー”!エンジン始動、係留解除!GP01、出る!」
 「承知!」

 “ガトー”は身を翻してファティマシェルに収まり、コウもコクピットに潜り込みハーネスを降ろした。
 唸りを上げ、GP01ゼフィランサスが目を醒ます。

 「だめよ!さっきも言ったでしょう、出ても動かないわ!」
 
 ニナが制止を叫ぶ。
 けれど、もう遅い。
 強制的に降ろされよろめくニナを、モーラがしっかり肩をつかんで支えた。
 ハッチが閉まり、モニターに坑道内の光景が投影され、計器が息を吹き返していく。
 その中で、コウは誰に言い聞かせるでもなくつぶやいた。
 
 「僕は、一人前の騎士なんだ…自分の機体なら、誰よりも把握してるんだ…動かすのは、僕なんだ!」

 それに。
 
 今。

 コイツで出なければ、街が。

 一つの街が、消え失せる。
 
 これが初陣になることも忘れ、コウは、汗で滑る掌をしきりに拭い続けた。

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