衝突 4 |
換装の完了していない機体、不完全なプログラム。 これでは、GP01本来の能力……いや、設計上計算された期待値の、1/10すらパワーが出せまい。 まして、こいつは戦闘経験のない“ヴァージン”MH。戦闘データは一通りインストールされてはいるが、騎士にコントロールされる『己』の動きもよくわかっていない。1/1,000,000のコントロールミスがGP01に深いトラウマを残す可能性もあるのだ。これほど高い確率は、さしものガトーも未経験だった。 低く籠もった駆動音、胸部の僅かな抵抗は排熱関係に問題が発生したのか。 だが、それを今の主に告げたところで、耳にはとどくまい。 幼い頃から世話をしてきた主の気性は、よく飲み込んでいるつもりだった。 駆動音が高く跳ね上がっていく。イレーザーエンジン臨界。各所に接続されていたケーブル類が音を立てて外れていく。 「全ポジションをオートコントロールに。ジェネレータ充電完了」 仮のハンガーとなっていた洞窟からGP01が姿を現した。 その光景に、ヤザンと名乗った騎士は楽しげに指を鳴らした。 “そいつがアルビオン騎士団の新型かい?極上の獲物じゃねーか……” 砂塵のなかでも、相手MHの異様なシルエットははっきりと見て取れた。 尖った頭部、背中から広がるヒレ状装甲はどこか海洋生物めいていた。頭部と胸部に弧を描くモノアイスリットも、およそ人型を基本とするMHの造形からはかけ離れたコンセプトによる設計なのか。 「コウ。あの青いMHは外見から識別可能な動力部パーツに該当するMHは皆無。エンジン音・ジェネレータスキールから判別可能な機体も皆無。完全ワンオフの機体、もしくは完全新型フレーム・新型エンジンの機体かと」 『ここはどんな国家権力・勢力の及ばない『トラフィックス・ルナル』だからね。どんな傭兵がいても、どんな国の新型機テストがあったっておかしくない。オレたちだってそうだ。向こうだってコイツのデータが目当てなんだろ。早いトコ、ケリをつける』 自分にも言い聞かせながら、コウは汗で滑る手を太股にこすりつけた。脳裏に出陣前のバニングの忠告が甦る。 【いいか、ウラキ。 ファティマってのは、大概の騎士なんかよりもよっぽど戦場慣れしてるもんだ。 ましてや“ガトー”は貴様の祖父さんに仕えて修羅場なぞいくらでも踏んできている。下手な騎士なんぞよりもよほど、な。 わかるな?MH戦となれば“ガトー”の指示に従え。闘いの感覚を叩き込んでこい。 だが、つまらん小競り合いで命を落とすな。落とせばそいつは犬死にだ。 生きて戻れ。祖父さんもそうしてきた。そしてお前もだ】 じーちゃんは偉大な騎士だった。だけど、オレだって! 『言われるまでもない!オレだって騎士だ、それくらい!』 コウの脈拍も呼吸も血圧も上昇している。 まずい。 ガトーは舌打ちしたくなった。主、コウは頭に血が昇っている。功を焦り気ばかりが空回りしている。 『スピードは負けてないはず。一撃離脱でいく、接触時にフルブースト!』 「了解した」 悪条件がどれほど重なろうとも、マスターを。 青いモビルスーツが迫る。 【いくぜ!受けてみな、この“ハンブラビ”のパワーをな!】 『くっ!』 かざした盾に何かが激しくぶちあたった。派手に火花が散る。電圧数値が狂った値をはじき出す。 ハンブラビというMHの腕から伸びた触手が電撃攻撃を仕掛けたのだ。 【ほお?俺様の“海ヘビ”を流すか?……面白ぇじゃねーか!】 間合いを取らせた。しかし予想通り機体の反応は鈍い。修正値を打ち込んでも目立つ効果はない。 コウもそれに気づいたようだ。 『動かない?まさか』 「迷うな!敵から目を離すな!」 触手とサーベル、ビームガンの猛攻。装甲が少しずつそぎ取られていく。いくらパワー補正を計ってもギアが空転していく。 「火器コントロールをこちらに!」 頭部バルカンが火を噴き、ハンブラビの装甲表面で炸裂する。 乾ききった荒野に土煙があがる。 視界を遮る土煙を断ち割り、ビームサーベルが閃く。 『うわあああああ!』 コウも見事、受けた。ビームサーベルの粒子が過干渉を起こす。 『止めてみせる!制動、フルパワー!』 機体足裏のアイゼンを効かせる。押される。“ガトー”はわざと左腕のバランスを外へ流した。 ビームサーベルの高熱を受け、装甲の一部が溶解する。 「コウ!逃げてコウ!」 痛切なニナの悲鳴が、暗雲の垂れ込める荒野にこだまする。 「なんてこと…!あのとき、誤りを指摘していたら!」 「あちらのパワーもトルクもバランスも凄まじいよ」 食いしばった歯の間から押し出すように、モーラが呻く。観測機器のモニターに映し出されるグラフ・数値は、絶望的な予測を二人に突きつける。 「単なる手合いならもう充分。これ以上やったって整備の手間や修理代に稼ぎが吹っ飛ぶだけなのにまだやる気なんて…まさか」 モーラとニナの脳裏に、あの光景が甦る。 荒野に放置されたMH。無惨に殺された騎士とファティマ。 「まさか、……まさか、あの青いMHが『壊し屋』?」 「だとすれば、データ採取の為にも目撃者の口封じを兼ねて……コウも“ガトー”も殺される……?」 「いやああああああ!」 ニナは膝をついた。喪失の予感が、全身を貫いた。 先の打ち込みでGP01の出力は30%ダウン。補正はもはや不能だ。 スモークとジャマーを打ち離脱を諮るのが定石だが、あの太刀筋。獲物に食らいたが最後息の根を止めるまで放さないハイエナじみた狂気。そうやすやすと格好の獲物を逃すとは思えない。 それに。 「油温上昇、各部各関節にダメージが溜まってきている。焼け付きも時間の問題だ、注意を」 “ガトー”に指摘され、コウは初めて計器類のあげる悲鳴に気がついた。 こんなに早くダメージが蓄積したのも、マイスターでもない自分がインストールしたモーションプログラムのせいだ。 下唇を噛んだ。きつく、血がにじむほど。 それがどれほど“ガトー”に負担になっていることか。だのに、ほんの欠片も口にしない。僕の、僕のせいなのに! 【はっは!これじゃ鴨撃ちじゃねーか。 なかなか楽しませてもらったが、そろそろお開きにさせてもらうぜ…喰らいな、ボーズ!】 ビームライフルが、海ヘビが、間髪入れず襲いかかる。 オイルの焼け付く匂い、限界は近い。 どうすればコウを、マスターを死なせずにすむ…! 鋼色のコンデンサの周囲に、光芒が散る。 生体演算機、ファティマ・ファティス。暗いコクピットに光の瞬く幻想的な光景は、毎秒約36兆5千億回もの演算予測とMHコントロールをこなしている証。 ハンブラビが間合いを詰めた。ビームサーベルの一撃を装甲も剥き出しの左肩で受ける。半歩踏み出し、さらに喰いこませる、これで海ヘビはうちこめまい。打てばダメージはハンブラビ自身にも跳ね返る! 【畜生、引かせねぇ気か!】 『うぉおおおおお!』 意地の一撃か。GP01はリミットを外したビームサーベルをハンブラビへ叩きつけた。 これが並みの騎士なら決まっていただろう。だが、相手は百戦錬磨の古強者、ヤザンだった。 【やってくれるじゃねえか!死ね!】 「!」 海ヘビが胸部装甲を、騎士コクピットを襲う。 コウは思わず目を閉じた。終わりか、終わりなのか! がくん。 落下感。そして衝撃。脱出装置が作動しGP01から放りだされた。 【運のいい小僧だよ!ファティマに感謝するんだな!】 ヤザンの声が遠ざかる。 思わぬ深手を負ったのか。ハンブラビはスモークとジャマーを振りまき、砂塵の中に消えた。 サスが沈んだと、受けるはずだった海ヘビの直撃は頭部を、ファティマコクピットを貫いたとコウが気づいたのはそれからだった。 「ガトォーーーーーー!」 倒れたGP01はオイルと装甲をまき散らした、見るも無惨な姿を晒していた。頭部はファティマコクピットまでもが剥き出しになっていた。中は空。コウは辺りを見渡した。最悪の予想だけが頭をよぎる。まさか。でも。 “ガトー”はコウと同じく倒れたショックで放り出されたのか、少し離れた草むらで倒れていた。 「ガトー、ガトー!目を開けてよ、ガトぉぉぉーー!」 誰かが、泣いていた。 頬が、濡れた。温かい滴。涙をぬぐってやりたくとも、ああ。腕が、指が動かない。 黒髪の、ちいさな坊や。 私は、守ってやれたのか……? 「泣く…な、コウ……騎士ならば、……涙を、見せるな、 私の、ちいさな、」 マスター。 “ガトー”の最期の言葉は、暁の空にとけて、消えた。 |