夜が、明けた。
 ヤザンは去り、恫喝していた『街の消滅』は免れた。
 だが、それの意味するのは『勝利』などではない。
 見るも無惨な姿のGP01。
 モーラはスクラップ寸前になった機体を回収、ドーリーへの格納作業に入った。
 ニナは動かない。動けなかった。
 胸にこみ上げる苦い後悔が、鈍い痛みとなってニナを責めた。

 あのとき、間違いを指摘しておけば!いえ、いいかげんな対応じゃなくてコウと向き合って、説得するようにしていれば!
 あの人もファティマなのよ!主人に不利な意見など口にできないのはわかりきっていたはずなのに!

 直撃を受けたGP01の頭部は見る影もない。
 装甲に隠された素顔も敵のビームサーベルによる高熱で顔半分を醜悪に溶かされていた。
 ファティマコクピットも無事では済まなかった。辛うじてサーベルは届かなかったが、外部に射出された衝撃でコクピットが内側に折れ込み大破。同時に撒き散ったGP01の破損装甲で“ガトー”もまた、重傷を負っていたのだ。
 コウの肩越しにかいま見たファティマ。ファティマスーツに守られた上半身こそ何もなかったが、下半身が……スーツの裾とブーツの間でちぎれかけた足はひくひくと痙攣を繰り返し、際限なく面積を広げる血の海の供給源となっていた。
 正視に耐えられる光景ではなかった。

 これまでの自分は、MHを、騎士を、ファティマを、どこかおもちゃや架空のゲームのアイテムのように扱っていなかったか。
 しかし自分の手がけてきた、手塩に掛けてきたMHが、ときにこんな悲劇を生み出す道具になるとは。
 解っていたつもりだった。けれどちっとも解っていなかった。
 
 これが手合い。これが騎士。これがMH。これが……ファティマの運命なのだ。
 否定したくとも悔やみたくとも現実は残酷なまでに変わらない。
 衝撃が強すぎれば、人は涙を流すことさえできない。今のニナが、まさにその状態だった。
 モーラは作業の手を止めた。掛けるべき言葉を探して、……つぶやいた。

「本望、だったんじゃないかな」
「何がなのよモーラ!」

 ニナのかみつきに、モーラは哀れみとも悲しみともつかない表情をうかべた。

「“ガトー”様、さ。
 最期まで騎士様に仕えていたい、それがファティマの望みだってのは聞いたことあるよ」

 ニナは赤い唇を真一文字に閉ざしたまま、大地に膝をついた。





 焼けこげたファティマシェルから“ガトー”を引きずり出す。ファティマにしては規格外に大きい“ガトー”は、いくらコウが騎士といっても抱き上げるには手に余る。ちぎれそうな足首はもう、目には入れたくなかった。
 河のような血の痕が、荒野に描かれてしまう。不整地でもなんとか平らな場所を探し、一旦“ガトー”を横たえる。

「目を、……目を開けてよ、しっかりしてよ、“ガトー”!」

 呼びかけに、“ガトー”はうっすらと目を開けた。
 優しい光をたたえた薄紫の瞳が、コウを写す。

「泣く…な、コウ……
 私の、ちいさな、……マス、ター……」
「ガトォォォォォーーーーー!」

 輝きを失ったクリスタルに、後悔の涙が散る。銀の髪に手を差し入れ、頭をかき抱いた。
 悔いた。憤った。自分自身に。独りよがりな思い上がりに。エゴを“ガトー”に押しつけた醜さに。

 何が『騎士』だ。
 手合いで死なずにすんだのは、MHの性能と“ガトー”のお陰なんだ。
 でなきゃ今頃はコクピットに押しつぶされ、ビームサーベルに焼き尽くされ、大地に屍をさらしていた。
 いつだったか見た、あの、残骸をさらしたMHのように!

「ごめん、……“ガトー”……ごめん、ニナ……」

 どうすれば、償えるというのだろう。
 惨めな己。情けない自分自身に怒りと悔悟の念が湧き上がり、そして絶望へと姿を変えていく。







 道の彼方からイレーザー音が響く。近づいてくる。
 コウはぼんやり思う。あの音はドーリーではない、民間のディグ(車)だ。
 とんだ物好きもいたものだ、『手合い』の直後に車を飛ばしてくるとは。
 それともスクラップになったMHの部品をはぎとるバイヤーなのか。
 イレーザー音は、ぴったりコウの背後で停まった。

「見せ物じゃないんだ。
MHならマイスターがにかかっていると思う。部品目当てなら申し訳なかったけれど。
あっちにいってくれないか?」

 車から誰かが降りた。冷ややかな視線が背に突き刺さる、……カンに触る!

「行けったら!」
「……“ララァ”が死んだのも、そんな風だった。
一人の騎士と、一人のファティマの狭間に立たされて、人々のエゴに押しつぶされた」

 硬質な女の声だった。

「“ガトー”。……私にとって、尊敬できる恩師の忘れ形見のようなものだ。
そんな彼を死体にしてくれた貴様と、あそこの女たちにどんな言葉を贈ろうか、考えているところだ」

 コウは振り向いた。背の高い女性が立っていた。金髪にブルー・アイの取り合わせはニナと同じなのに、この女性にはとりつく島のない硬質な美貌が際だっていた。
 服を飾る紐は五本。マイトの証。では、この女性は。

「ナナイ・ミゲル博士? 星団3大ファティママイトの一人で、ムラサメ博士の愛人」
「そんな噂が立っているのか? 心外極まりないな。
 むしろデラーズ博士の弟子、ダイクン博士の孫弟子といわれたいものだ」

 ミゲル博士はコウに冷たい一瞥をくれた。しかしそれ以上は触れず、博士は車の後部座席を解放した。
 ほっそりしたみかけの車体に反し、内部は驚くほど機能的に医療器具が配置されていた。
 ドクターカー、いや大病院のERにも匹敵するだろう。

「彼を車に入れろ。手術する」
「え?でも“ガトー”はもう……」
「脳が少しでも活動していれば墓などいらない!首を切開して脳に触媒を送る!
 “ララァ”のようには…させない!」 
 
 “ガトー”は車へ運び込まれた。博士の指示でファティマスーツを脱がせたコウは、あまりの惨状に息を呑んだ。
 覚悟はしていた。けれど、まさかこれほどなんて!
 あり得ない形に凹んだ胸部。いびつにふくらんだ腹部。スーツの内側は血で染まり、肉片までこびりついていた。
 もしもファティマスーツを着ていなかったら、身体は原形すらとどめていなかっただろう。
 それだけに、まるでただ眠っているだけのような穏やかな“ガトー”の表情は……辛すぎた。

 これは、罪だ。
 ニナの忠告を、“ガトー”の献身を踏みにじった、自分自身への。
 だからコウは血のにじむほど歯を食いしばり、手のひらを突き破るほど握りしめて、横たわる“ガトー”を目に焼き付けた。

 “ガトー”は鋼色のクリスタルを外され、直接大脳と電極をつなげられた。頸と後頭部の境目や脇下を大きく切開され、そこから触媒を送るためや生命維持のための管などが何本も挿入された。通常なら腕の血管にされるだろう点滴も皮下にされ、薬液のたまったそこはたぷたぷと水音を立てている。
 まるでモーターヘッドの部品のようにコードやチューブにつながれたその様は、正視に耐えられる代物ではなかった。
 しかし、全ては生存のため。応急手当だけでこれだけの処置は望むべくもない。

「ミゲル博士は……いつもこれだけの設備を?」
「この先に住む、ファティマの定期検診へ行った帰りなのでな」

 ミゲル博士はガトーのクリスタルをコウに渡した。
 鋼色だったクリスタルは輝きを失い、鈍い金属の固まりとなってコウの手を氷のように冷やした。。

「ウラキ卿」

 モーラだった。GP01の回収はあらかた目処がたったのだろう。丘の上では、ちょうど作業用ロボットが機体をドーリーに運び入れたところだった。
 改まった呼びかけはミゲル博士の手前なのか。いつになく厳しい表情で、モーラは車外へとコウを促した。

「エンジンは無事だった。だけど再組立と再調整には時間がかかる。
できればあたしのファクトリーへ持って帰りたいくらい」
「そう……ファクトリー持ち帰りなら、プログラム調整もしっかりできるね」
「ウラキ少尉!」
「それよりも、ニナは?」
「だいぶショックを受けているみたい。もう、こんな“ガトー”様を見せるわけにも……あれ?」

 モーラが耳を澄ませた。コウもそれに気づく。電子音が急に力強くなったような。
 ミゲル博士が後部ドアから二人を手招いた。

「運のいいファティマだ。脳波が太くなった。
このまま私の研究所まで運ぼう。完全再生をしなければ」
「って……ことは……助かるんですか、“ガトー”は!」
「先生!」
「はしゃぐな!」

 ミゲル博士は低く一喝した。モーラはおろか、コウですら一瞬ひるんでしまうほどの。

「問題はその後だ。
確かにこのファティマはよみがえる。元の姿にな。
しかし、お前はそのとき人生において最大の苦しみを知るだろう!」

 最大の、苦しみ?
 命を預け愛着のあったMHを失い、“ガトー”を失ったと失意と絶望に打ちのめされた数刻前よりもさらに過酷な状況が待っているというのか。

「ファティマをこんな目にあわせたことを、一生かかって悔やむがいい!」

 ナナイ・ミゲル博士の言葉は、コウの胸にひどく重く刻み込まれた。


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