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ぱちん。 竹の手桶に、紫色のあじさいを生けてみた。 あの、なかったことにされた紛争から半年と二ヶ月。 連邦軍へ除隊届けを出してみたものの受理はされず、 その代わりとばかりに与えられた長期休暇を利用して、コウは実家へ帰省していた。 父親は『いい面構えになった』とだけいい、母親はなにも聞かずコウの好物ばかりを揃えた。 そしてせっかくだからと親しい人々を招いた茶事を開くといいだした。 気取らない身内ばかりの席とはいえ、茶事は茶事。 祖父譲りの越後上布に袖を通し茶室のしつらいを整えるうちに、自ずと背筋もしゃっきり伸びてくる。 「コウさん、そちらはどうかしら」 細い声にコウはお母さん、と応じた。 「ええ、こんな感じでいかがですか?」 「まあ。淡い紫のを選ばれたのね。どことなく品のある……流石ね、コウさん」 「ありがとうございます」 茶道の師範でもある母親に、茶道のことで褒められるのはこそばゆい。 そういえば、と母親は細い指を頬に添えて、眉のあたりを曇らせた。 「コウさんが持って帰ってくださった、あのあじさいなんですけれどね。 庭師の方がどれほど手入れしてくださっても、白いままなのが気がかりで。 なにか病気にかかっているのかしら」 「あの、あじさいですか?」 「ええ。土壌はきちんと手入れして、青い色になるようにしたそうなのだけれど」 「あの木は、白いままで良いんです。白いあじさい、なんです」 「まあ」 コウは一輪、残った紫色のあじさいを手に立ち上がった。 「あの花は、何色にも染まらないんです。……アナベル、っていう品種なんですよ」 いっそ鮮やかなほど、何者にも染まらない。己の色を誇り高く貫き通すのみ。 苛烈な生き様を刻みつけていった男と同じ名の花は、いまはただ静かに、雨に濡れていた。 |
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