ドラマの収録は、撮影機材のトラブルとかで一旦休止となった。 復旧に向け慌ただしく動くスタッフの邪魔にならぬよう、キャスト達はセットを離れ 楽屋へ戻ったりスケジュール変更の対応に追われたり、思い思いに散っていった。 衣装さえ汚さねばかまわない、とのことなので私も役をつくったままスタジオを後にした。 カッチリしたスーツの上に重ねた白衣。オールバックにした髪を後頭部でまとめ、 小振りな銀色のフレームの眼鏡を掛けた姿はそれなりに威圧感があるらしく、 廊下ですれ違う人は皆一瞬ぎょっとして大げさに道を譲ってくれる。 ……不本意だ。 だがまあ良しとしよう。このドラマでの役は『無口な首席監察医』なのだ。 まっとうとは言い難い最期を遂げた死者の、声なき声を聞く。 主人公たるベテラン刑事と新米刑事のコンビに、求められたときに必要最低限の示唆を与える。 その空気が出ているのならよしとせねばなるまい。 それにしても、このスタジオはいつもながら面白い。 幼い子供の集団が、きゃぁ、とはしゃぎながら足下をすりぬける。 子犬の群のような彼らは1スタに誘導されて、ADはまるで保父のように大げさな身振り手振りで迎え入れている。 かと思えば、廊下の突き当たりに設置された休憩ルームと併設された喫煙所では 大河ドラマの出演者がこれも衣装もカツラもそのままにコーヒー片手で談笑していたり 所在なげに煙草をふかしたりしているのだ。 その様子はまさに戦国時代の武将が画面を抜け出して現代社会を楽しんでいるかのようでもある。 カップベンダーのコーヒーを求めてみたが、うっかり砂糖を抜き忘れたようで その甘ったるさに顔をしかめていると背後から声を掛けられた。 「よう、ガトーじゃないか」 「ケリィか、久しぶりだな」 旧知の出演者と挨拶を交わす。ケリィ。年季の入ったトレンチコートを纏い、形ばかりの背広を着て煙草を楽しんでいる。 カメラが回っていなくともわかる、よく言えば豪放磊落、悪く言えば型破りな問題刑事。 今回出演するドラマの主人公でもあった。 「今日はロケじゃないのか?」 「合同捜査本部のシーンだってあるんだよ! お前のいるスタジオの隣にいたのに、つれないヤツだな。 こっちもそうそうドンパチシーンばかりであってたまるか。硝煙臭くなるんだぞ。 そんなに言うなら、ガトー、お前もロケに出てこいってんだ。どっばぁって派手に血糊ぶちまけるアクションとかな」 「ははっ、死体になる役なら遠慮しておこう。重火器をぶっ放すほうが性に合っている」 「言うと思った」 軽口もたたき合えるこの気安さは、昔から変わらない。 「ああ、そうだ。今日はあのコも来ているぞ。コウ君」 「コウ、が?」 記憶をたぐる。確か、ケリィの指導する新米刑事役を貰えたとかはしゃいでいた覚えがある。 なんだかんだいって二時間特集ドラマの常連になりつつあるのは役者として認められてきたのだろうが、 主役を演じるようになるのはいつのことだろうか、ともふと思う。 『絶対、あんたに追いついてやるーーー!』 思い出すのは、彼にとっての初主演映画での現場だった。 あまりにもむきになってつっかかってくるから、からかい混じりのつもりでことあるごとに鼻で笑えば、 涙をいっぱいにため、そのくせ闘志をたぎらせた目で叫んできた。 『ふん、まだ君は未熟だと何度言ったらわかるのだ』 紫煙を吹きかけてやれば、煙たさにむせながらそれでも見上げてきた。 その眼差しが背中に突き刺さるのが心地良いから、折に触れことあるごとに『未熟者』とあおりつづけている。 真実を明かしてやる日が来るかどうか、それはわからない。 「ガトーも今日このスタジオに来てるって? ホント!? ……ガトーーーーーーォ!」 「噂をすればなんとやら、だな」 「……ふん」 それでも廊下の向こうから私の名を呼ぶ声を快く思いながら、タバコに火を付けた。 |
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